大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成4年(レ)130号 判決

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

理由

一  控訴人と被控訴人との間において本件消費貸借契約が締結されたかどうかについては暫く措き、控訴人の消滅時効の抗弁について検討する。

抗弁1の事実は、当事者間に争いがない。そうすると、本人貸付けがされたとしても、その行為は商行為であり(商法五〇三条)、したがつて、本件貸金債権は、仮に存在するとしても「商行為ニ因リテ生シタル債権」(商法五二二条)となる。

抗弁2(一)、(二)の事実は、当裁判所に顕著な事実である。

二  ところが、被控訴人は、本件特約により、本件貸金債権の弁済期が昭和六三年四月二二日になつたと主張するので、この点について検討する。

被控訴人の主張及び甲第一号証の記載によれば、本件特約は、その文言上、被控訴人が主張するように、本件貸金債権の弁済期を自動的に延長する特約とみることもできるようである。

しかし、被控訴人の主張及び甲第一号証の記載によると、被控訴人は、控訴人に対し、本件特約によつて、「元本」のほかに「期限後の違約損害金」の弁済期をも猶予したというのである。そうだとすると、本件特約は、当初の弁済期(昭和五三年四月二二日)以降の損害金が一旦発生したことを前提としているから、元本の弁済期を延長したことにはならないのではないか、という疑問を免れない。しかも、被控訴人は、本件訴えを提起して以来一貫して本件貸金債権の弁済期が昭和五三年四月二二日であると主張し、控訴人に対し、その翌日から支払い済みまで年三割六分の割合による遅延損害金を請求している。

そうすると、被控訴人が主張している本件特約は、本件貸金債権の弁済期を延長するというよりも、その消滅時効の起算時である「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」(民法一六六条一項)を繰り下げ、時効の完成を困難にするという効果のみを目的とする特約であり、実質的にみると、控訴人に時効の利益を放棄させるものと選ぶところがなく、民法一四六条の趣旨に反し、無効である。

三  右に検討したところによれば、控訴人の消滅時効の抗弁は理由があり、被控訴人の主張する本件貸金債権及び利息債権は、たとえそれが存在するとしても、昭和五八年四月二二日の経過をもつて、昭和五三年四月二三日に遡つて消滅し(民法一四四条)、かつ、遅延損害金債権は、そもそも発生しないことになる。

附言すると、控訴人は、「六 再抗弁に対する控訴人の認否」において本件貸金債権の弁済期を五か月に短縮する合意が存在する旨主張しているが、控訴人は本件特約が有効である場合に限つて右主張をしているものと解されるので、右に説示したように本件特約の効力を肯定することができない以上、当裁判所としてはこれに対する判断の必要を認めない。仮に右合意が有効であるとしても、その場合には、本件貸金債権の弁済期は昭和五三年九月二二日となり、さきに認定したところに従えば、本件貸金債権及び利息債権は、昭和五八年九月二二日の経過をもつて、昭和五三年九月二三日に遡つて消滅し、かつ、遅延損害金債権はそもそも発生しないこととなるから、右の結論を左右するものではない。

四  以上によれば、被控訴人の請求は、理由がないからこれを棄却すべきである。

よつて、これと異なる原判決を取り消して、被控訴人の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 増井和男 裁判官 中西 茂 裁判官 花尻裕子)

《当事者》

控訴人 安部照彦

右訴訟代理人弁護士 河野 聡

右訴訟復代理人弁護士 釜井英法

被控訴人 日本百貨通信販売株式会社

右代表者代表取締役 杉山治夫

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例